11回星の郷八ヶ岳野辺山高原100kmウルトラマラソンレポート

Reported by タッキー

 

大会名

11回星の郷八ヶ岳野辺山高原100kmウルトラマラソン

開催日

2005-5-22()

場所

長野県八ヶ岳野辺山高原

天候

曇りのち雨

駐車場

大会会場前に大きな駐車場有り(野辺山総合グランド:700)

受付

南牧村社会体育館前

着替え場所等

南牧村社会体育館内

荷物等の預り

(スタート時)

ゴール後(体育館に帰って来てから)着替え等レースに使用しない荷物を体育館内に預ける事が可能。

大会側から支給されるトランジット袋以外に個人のリュック等を持って行くと便利(スタート前のアップ時に着込んでいたウェア等を預ける事ができる)

荷物等の預り

(レース中)

100kmの部は35km58km87kmから2箇所を選択。71kmの部は35km1箇所を選択。

大会側から支給されるトランジッション袋に荷物を詰め、それぞれ預けたい場所行きのトラックに預ける。

着替えポイントに到着すると、素早い行動でスタッフが持って来てくれるので大変ありがたい。

トイレ(スタート付近)

仮設トイレ多数設置有り(体育館内は当日朝非常に混んでいた)。近くの公園にも有り。

トイレ(レース中)

仮設トイレはほぼエイドステーション毎に設置有り(スタートから近いエイドはまだ人も多いので使用中が多い)

種目

100kmの部、71kmの部

結果

種目

エントリー

出走

完走

完走率(%)

100km男子

793

730

513

70.2

100km女子

70

65

33

50.7

小計

863

795

546

69.0

71km男子

183

168

126

75.0

71km女子

64

61

41

67.2

小計

247

229

167

73.0

参加者合計

1110

1024

713

70.0

プリンス参加者

100kmの部:タッキー

制限時間

100kmの部(5:00スタート)

50km地点で12:00(スタートから7時間)

71km地点で15:15(スタートから10時間15)

79km地点で16:40(スタートから11時間40)

87km地点で17:30(スタートから12時間30)

ゴール地点で19:00(スタートから14時間)

71kmの部(5:00スタート)

35km地点で11:00(スタートから6時間)

50km地点で12:00(スタートから7時間)

ゴール地点で15:15(スタートから10時間15)

 

 

コース

スタート地点(標高1355m)から5km迄ほぼフラット。野辺山駅前、国立天文台横、JR最高地点を通り、5km過ぎから上り始め10kmから23km迄は林道トレイル(砂利道に更には石ころが多い)区間で、20km(レース最高地点1908mでスタート地点からの標高差約550m)迄は上り。

20kmから37kmに渡り、細かな上り下りを繰返しながら、37km辺りから50km迄一気に下る(レース最低地点880mで最高地点からの標高差約1000m)。途中23kmから35km迄は舗装路(一部未舗装有り)35km着替えポイント(稲子湯温泉に入浴可)でシューズをトレイルシューズから普通のランシューズに履き替える。

54kmから63km迄は58kmの着替えポイントを折り返しとする往復(往路は精神的に辛い)

65kmから79kmの馬越峠(標高1620mで標高差約650m)迄は上り(途中71kmの部ゴール有り)

79kmから82km迄一気に下る(標高差約300m以上の急勾配なので、足に負担がかかる)

87kmの着替えポイントに向けて少し下り90km迄はフラット。

90kmから97km迄は最後の上り(標高差約200mですが疲れきっているので、歩きがちになる)

97kmの野辺山駅裏側に到着(一旦ゴール付近に近付く為、ゴールアナウンスが聞こえるがまだ残り3km程有り、一旦離れる)

残り3kmはほぼフラットですが、直線区間が長くて進んでいない感じがして少々辛い。

ゴールはゼッケンNo.と名前を呼んでくれるので、最後は元気よくゴールできる。

距離表示

5km毎に表示。残り10kmからは1km毎の表示。

タイム計測

チャンピオンチップにて計測(10km)GT Mailsで携帯電話等に通過タイムを配信。

エイドステーション

5km毎に設置。全27エイド。その他私設エイドも多数有り(大変ありがたい)

参加賞

Tシャツ。

完走賞

完走メダル(150gと重量感あります)、完走賞(後日郵送される。10km毎の時間及びグラフ表示。)

ショップ

体育館内にてシューズ・ウェア等の販売有り。テーピング等サポートグッズのアドバイスも有り。

その他

・大会前日に歓迎パーティー有り(参加料1,000)。お楽しみ抽選会有り(私そばGETしました)

10kmから23km区間は林道トレイルなので、スタートから35kmの着替えポイント迄はトレイルシューズの使用をお勧めします。石の突き刺さり具合が軽減され負担が少なくて済みます(私が使用したのはasicsGELFUJI:ゲルフジ)

35km地点の稲子湯・71km地点の滝見の湯ではレース中の入浴可能(リフレッシュしたい方は入浴してもいいかも?)。ゴール後は大会会場近くの憩いの湯に入浴可能。

・ゼッケンは出身地域順なので、番号が近いと話掛けやすい(どこからの参加ですか?との会話から始まります)。特に上りで下向きがちになるので、話相手がいるとあっと言う間に頂上です。

 <経緯> 野辺山ウルトラマラソン。ついにこの日が来てしまった。 私がウルトラマラソンに始めて参加したのは、去年こうたろうに誘われ、かっし〜さんと3人で参加した越後くびきの100kmウルトラマラソン。 参加を決める迄は、こうたろうに「俺フルマラソンで十分満足だから、ウルトラは出るつもりないよ」と言ってたけど、何度か誘われる内に、これ以上断り続けるのも情けない感じがしたので、参加する事になってしまった。
  結果は練習不足による足の激痛と、台風による雨の影響なのか足裏がふやけた状態となり皮が剥けて痛くて歩く事さえも辛い状態で、78km地点の着替えポイントでスタッフから「このまま走り続けても、次の関門迄には間に合わないかもしれません。どうしますか?」と言われ、残り約20kmを2時間では無理だなと思い(スタッフからの言葉を待っていたかもしれない)、自らリタイアを決意した。 レース終了後かっし〜さんから聞いた話によると、その78km地点の着替えポイントでは無事帰って来たランナーのゼッケンNo.と名前をアナウンスしているのですが、その放送で「タッキーの名前が聞こえた」と言ってたので、多分私の後ろを走っていた事になると思うのだけど、かっし〜さんはそこでリタイアせずに泣きながら「走り続けます」と言って先に進んだらしく、結果最後迄走り続け完走を果たした。
  私は情けなくリタイアしたが、終盤に掛けての女性の粘り強さにはかなわないと思った。こうたろうも無事完走し、私だけ完走できず悔しい思いをした。 くびきのは2年に1度の開催なので、翌年リベンジする事ができない。しかしこのまま悔しい思いを残したまま待ち続けてもモチベーションが下がってしまうので、違う大会に出てみようと思い探してみた所、大会迄の練習期間が丁度よくて、そして日本に数あるウルトラマラソンの中でも屈指の難コースと噂されるほどの野辺山に目が止まり「ここを完走できれば、他に怖いものは無くなるかな?」と、挑戦するつもりで(あわよくば完走)エントリーを決めた。
  年明け早々から一部の人に「野辺山に行って完走して来たい!」と宣言してきた手前、何としても完走を果たさなければならない状態に自分自身を追い込み、ここでまたダメだったら“二度有ることは三度有る”となるのは絶対に嫌だったので、大会迄はラン練習を徹底的に行うように決めた。 例年のようにプリンスの冬のトレーニングとして、ラン練をコツコツとこなし(スキー及び二日酔いでサボった以外)、春先の中島牡蛎(ハーフ)・金沢ロード(ハーフ)・加賀健勝(フル)と大会に出ながら距離を稼ぎ、4月に入ってからは自宅から卯辰山への約10kmのコースを朝練に取り入れ、GW期間中に長い距離&高低差のある練習を行いたかったので、まだ雪で頂上迄行けなかった夕霧峠を目指したりしながら、大会直前2ヶ月で約350kmと少ない距離ではあったけど(月間300kmは目標なのですが)、一応やれる所迄はやったつもりで大会日を迎える事になった。 去年のくびきのの時と違う所は、卯辰山への上りを沢山行った事によるちょっとした自信が野辺山を完走できると思わせる自分がいた事だろうか。
  5/21(土) <前日受付>
 今回は昔の同僚そしてウルトラの先輩でもあるM上君の会社のみなさんと行動を共にする事となり、随分お世話になった。 朝8時前にM上君の会社に待ち合わせし、社長以下社員の方々と1台のミニバンで一路野辺山を目指す事になった。 社長さんとはM上君の結婚披露宴で一度顔を合わせた事が有り、この社長さんは凄い方で、野辺山を第一回目から出場して全て完走を果たしていて、野辺山を10回完走した人(既に14人存在)に送られるデカフォレストと言う称号が与えられている人物なのである。年間4本位のその他のウルトラとフルマラソンにも出場している様で、尊敬すべき人である。M上君も随分と尊敬している様に見えた。そして社長なのに往復の車の運転は一切他の人とは代わらず、レース後も全く疲れた様子も見せず、頭が下がる思いでいっぱいだった。 またこの社長さんは面白い方で車中は大変にぎやかで、そしてこの移動中に聞いていた音楽が、後の私の野辺山での苦しい時に何度も助けられた音楽なのであった。それは、ゆずの「栄光の架橋」。私は特にゆずのファンでも何でも無いのだけど、歌詞を聞いてると何だか胸が熱くなって来て、一人で興奮していた。曲が終わるとまた流れ出し、社長さんも随分とお気に入りのようだ。他にも元気が出る様な曲(世界に一つだけの花…etc)を繰返し聴かされる?のであった(笑)。
  大会会場駐車場に到着後、受付を終え説明会迄少し時間があったので、出展しているショップを一通り眺め、ひざ痛対策用に“ひざかんたん”を購入し、更にその横で販売していたファイテンに興味があったので、ちょっと説明を聞く(本当に効くのか?)が、購入迄には至らなかった。 説明会が始まるとテレビで見た事のある方がマイクを持って話している。そう、24時間テレビの100kmマラソンの芸能人をサポートされている坂本さんだった。判り易い丁寧な説明だった。
  説明会終了後、宿へと向かう為に駐車場に戻ると、蔵Mさんと偶然出会った。挨拶を交わした後車で移動し、一旦宿にチェックインし(清里にて宿泊)、明日の準備等を少し行ってから、まだ元気がある内に(次の日は足がロボットみたいになっていて動くのが辛いだろうとの判断から)お土産を買いに清里駅近くを散策した。 歓迎パーティの時間も近付いて来たので、再度大会会場に移動し駐車場から体育館迄歩いていると、前方に見た事のある小柄な女性が歩いていたので、「M本さん」と声を掛けると、振り返った姿はやっぱりM本さんだった。「アラッ。何でここに居るの?」と言われ「ちょと挑戦しにやって来ました。」と言って、その後のパーティではご一緒させて頂いた。 パーティではデカフォレストのみなさんの紹介が有り、一人一人インタビューを受けている中、M上君の社長さんは「野辺山と言えばやっぱり馬越峠でしょう!」と答えていたのを聞いて「さすがデカフォレスト。言う事違うなぁ(馬越峠が大好きみたいに聞こえた)。」と思った。その時は馬越峠なる物はどのような物かとコース高低図を見て漠然としか考えていなかったが、後から自分が実際走る(歩く?)事となって、「馬越峠でしょう!」と言ってた社長さんを尊敬した。 パーティも終盤となりお楽しみ抽選会が始まると、何と私“そば”が当たり、何だか幸先良いスタートとなったようだ。「当たったじぃ」と蔵Mさんが私の所へやって来たので、蔵Mさんに明日のコースのポイントを教わり(蔵Mさんは既に野辺山は何回か完走されているが、初めて出た時は辛かったとの事)、お互いの健闘を誓い合い、パーティも終了となり宿に戻る事にした。 宿に戻ると晩御飯が準備されていたが、歓迎パーティでパスタ及びビールを食べ飲み過ぎた為か、宿の豪華な料理(ステーキ)を半分近く残し、勿体無い事をした。 明日の朝も早いので、残りの準備後お風呂に入って早々に就寝した。
 5/22(日) <大会当日>
  午前3時少し前、目覚ましが鳴る前に目が覚める。前の晩お風呂で暖まり過ぎたのか、夜中暑くて何度か目覚めたが、ぐっすり眠れていたのか体は重くは無い。 あまりにも朝が早いので、宿の朝食は無しにしてもらっているので、前日にコンビニで買出しして置いたおにぎりやパンで朝食を終え、着替え準備等を済ませた後、大会会場に車で移動。 まだ薄暗い中、会場への道中車内では最後にもう一度ゆずの「栄光の架橋」が流れて来て、社長さんは「みんな帰って来て下さい」と。完全に私の頭の中の音楽は「栄光の架橋」がリピートされていた。
   外は思った程寒くは無い。しかしランシャツ又は半袖は今回はやめて(高地だけに天候の急変が考えられる)、上は帽子・長袖1枚にランニグ用グローブ、下はひざ下迄のタイツ。シューズは35kmの着替えポイントで履き替えるとして、10km〜23kmの林道トレイル区間対策用に、スタート時からトレイルシューズを選択した。 今回は「デジカメで景色等を撮りまくって、辛さを紛らわしながら完走するぞ作戦」の為、薄型のデジカメを購入し、エアーサロンパスやその他小物類の収納用に二日前にスポーツDEPOで購入したウエストポーチを使用する事にした。少々大き目ではあるが、たっぷり入って安心感がある(あれもこれも必要とつい多くなってしまう悪い癖)。 着替えポイント行きのトラックにトランジット袋を預け、上に着ていたジャージも体育館内に預け、最後にトイレに行こうとしたが、体育館内トイレは結構並んでいる(大?行列)。 軽量化は宿で済ませて来たので焦ってはいなかったが、念には念を入れてと思ったが、行列を見て諦めた。外の仮設トイレで小の列に並んでいた際、目の前の方のゼッケンが取れかけていたので、声掛けて付け直してあげた。「有難うございます」と礼を言われる。大した事ではないけどやはり礼を言われるとうれしい物で、その後いい気分でスタートラインに並ぶ事ができた。
   空は徐々に明るくなり始め、スタート前の写真を撮ったりしながら並んで待っていると、サンタクロースが目の前を通り過ぎて行った。 何処かのホームページの野辺山完走記にもサンタクロースの事が書いてあったので、「おーっ。これかぁ。」と思って1枚写真を撮った。 あのサンタクロースは偉い人で、白い袋には沢山のプレゼントが入っているらしく、道端で応援している子供達にプレゼントを渡しながら、走り続けている様だ。 そう言えば40km過ぎ?だったか、子供がうれしそうにぬいぐるみみたいなのを持って走っていたのを見て、その時前方を見るとサンタクロースが走っていた。そして58kmのエイドステーションでスタッフの女性が「サンタさん有難う!」と叫んでいた。どうやらプレゼントを渡すのは子供ばかりでも無いようだ。 当日は差程暑さは感じなかったが、天気が良くて暑くてもあの格好なんだろうか? 71kmの部ゴールを過ぎた先の自販機の前に座って一般市民の方と話込んでいた時の手には缶ビールを持っていたように見えたが、無事ゴール迄たどり着いたのだろうか?
  10秒前からカウントダウンが始まり、AM5:00に100kmの部、71kmの部が一斉にスタートした。 スタートから5km迄はフラットなので、周りのペースに合わせながら飛ばし過ぎないように進んだ。前方にはデカフォレストの社長さんが走っているので、とりあえずは目標にしながら走っているが、徐々に離されて行くので、後を追うのは止めマイペースで走る事にして、右手に見える国立天文台の電波塔をカメラに収めようと一旦停止して、また走り始めた。 JR最高地点を通り過ぎ(その時は全然気付かず、翌日に観光と言う事でわざわざ連れて行ってもらい写真に収める)、徐々に上り始めて来ると、私の回りのランナーもバラけてきた。
  いよいよ林道トレイルの入り口に差し掛かり、足元はアスファルトから一変して砂利道へと変わり、10kmのエイドステーションが見え始めたので、ふと時計を見ると、何と時計が止まっているではありませんか。 もう一度よーく確認して見ても、時刻12:00と表示され、完全にリセットされた状態。 「アー(>_<)今年の冬のラン練の時に発生した現象と同じや(T_T)」と思った。当日は真冬のような気温では無く、いくら高地と言ってもそれ程冷え込んでいないだろう(内部は曇っていなかった)と思ったのだが、もうどうする事もできないので諦めて、当初から「デジカメで景色等を撮りまくって、辛さを紛らわしながら完走するぞ作戦」だった事を思い出し、気持ちを切り換えて、すべてのエイドを撮影して行こう(何処迄走ったかの記録として)と決めた。 後から気付いた事だが、撮影したデータにデジカメの時刻が記録されてあり、エイドは中途半端な距離ではあるが、大体のスプリットの記録となっていた。10km毎は大会のRCチップで出るだろうから、後日何とか参考にはなるだろう。 帰宅後時計メーカーに問い合わせた所、お客様相談室へ送って欲しいとの事で送って調べて頂いた結果「静電気による誤作動」との返答が返って来た。あまり納得はいかないが、ゴムパッキン・電池交換等を行って頂き無償修理だったのでとりあえず良しとして、しばらくは様子見る事にして、長袖着用時には袖口と時計で摩擦が起きない様な対策をし、静電気が発生しないよう気を付けたいと思う。
   しかし腕時計が使い物にならないのは痛い。ペース配分が全くわからない。そんな時に限ってレース最高地点を目指している最中なのに「このペースで間に合うのだろうか?」と不安に思ったり「周りには沢山のランナーが居るからまだ大丈夫か?」と勝手に安心したりしながら、とにかく頂上を目指すのに必死だった。 砂利道は走り辛い。砂利をシューズ裏で上手く掴むというか、慣れない間は“ズルッ”と滑り、テンポが乱れる。砂利対策と迄は行かないが、自宅周辺の川の土手沿いに200m位の未舗装の道があるのだが、その砂利道を走る練習をして少しは慣れたつもりではあったが、実際は斜面なので、結局何の約にも立っていなかった。 コース脇は砂利も少なく草が生えているが、ここはここでまた多くのランナーが通るので、一列棒状隊となっていて、前に遅いランナーがいると追い越す為にまた砂利道を通らなければならず、非常に疲れる。更に追い討ちを掛ける様に、砂利の流出を防ぐ?為なのか所々にゴムでせき止められてあり、その段差約5cm程なんですが、それを乗り越えるのに足を大きく上げなければならず、ある時、前のランナーがそのせきを踏みつけて行ったので私も真似しようとしたら、思った以上にゴムが硬く、そして不安定な為か一瞬足首を捻りそうになったので、これはまずいと思い真面目に乗り越える事にした。
  少しずつ慣れて来たのか、コース取りも上手くなって来て、砂利の上ではあまりシューズ裏で蹴らず、石がずれない様な走り方をして、そして埋まっていそうな大き目の石があれば、その上を“ポンポン”とテンポ良く渡って行く感じで、ちょっと楽しみながら進んでいるとエイドステーションが見えたので、まずはカメラに一枚収めてから、そして補給後すぐに出発した。 この林道トレイル区間は各エイド間の距離が2km〜3km程と短めなのでありがたい。 13km、15km、18kmとエイドを過ぎると、「そろそろ頂上かな?」と思って走っていると、次第に周りが明るくった感じがして来て、遠くの方に看板が見えて来て、そこには“コース最高地点1908m”と書いてあり、では記念にと思い看板をデジカメで撮っていたら、後ろから来たランナーが「撮ってあげましょうか?」と言ってくれたので、その方もデジカメを手にしていたので私も「じゃぁお互い撮り合いましょう。」とそれぞれ看板をバックに記念撮影となった。 1908mと言えば、今年一番の標高に自分の足で立った場所かもしれない。今シーズンのスキーではそんなに高い山へ行けなかったからね。いつかは富士山も登ってみたい。もちろん富士登山競走に。なんちゃって(*^_^*)
  写真撮影した後「後は下るだけですよね?」と聞いてみると「んー。ま、下ったり上ったりの繰り返しかな?」と言うので、「何にぃ。コースマップと違うじゃん。」と思ったけど、ここより高く上る訳ではないし、後は50km地点迄は下り基調なので、とりあえず50km迄は自動的?にたどり着けるだろうと思いながら先へ急ぐ事にした。 20kmエイド手前に湧き水らしき場所があり、そこから竹を伝って(流しそうめんみたいに)ポリバケツに貯め込んであった。当日は少し肌寒い感じだったので素通りしたが、暑い時なんかはありがたいだろう。でも私は水を口に含んでも飲まないだろう。なぜなら、去年バイク練習中に山の水を飲んだのが直接の原因ではないかもしれないが、その後下痢になり、結局一日会社を休んでしまったので、どうも山の水は敬遠してしまう。
  下りの道も砂利等で相変わらず足元が悪い。スピードも出ているので、一歩間違えたら大怪我となるだろう。その時点では雨も降っておらず、コース脇の土の部分が乾いていたので、そこを通って下っていたが、雨降っていたら最悪だろう。 23kmエイドに到着するとそこにはカメラマン(テレビ信州?)が、ランナーやエイドスタッフを撮影していた。ここのエイドはフルーツが盛り沢山。中でも苺があり、苺大好きな私は何個も食べていた。その時後からやって来たランナーが「ここの苺楽しみで、去年は食べられなかったんだよね。」と言うと「それは今年は早いって証拠ですよ。沢山食べて行って下さい。」とスタッフが話していたが、苺を沢山食べていた私は少々申し訳ない気がしたが、しかしどんな大会でもそうですが、早く着いた者は得をするのだなと思った。 道はようやく舗装路へと変わり、26km、30kmエイドと過ぎ、そろそろ35kmの着替えポイントの稲子湯に着くかなと思い走っていると、“稲子湯迄1km”の看板が見えた。しかしそこからまた上り始め、遠くの方でザワザワと声が聞こえる。つづら折りの道で中々先が見えて来ない。ようやく見えて来ると、応援の人達が結構いる。その中にM上君の会社の後輩の応援部隊がデジカメを持って待機していたので、手を振ってこちらの存在に気付いてもらい、写真を撮って頂いた。 ここに来る迄トイレを我慢していたので、補給は後にしてトイレを探していると、スタッフがトランジット袋を持って来てくれたので、礼を言ってトイレの場所を尋ね、一目散にトイレへと駆け込んで行った。仮設トイレではどうも落ち着きが無く我慢し続けていたが、常設のトイレならゆっくりできる。仮設トイレでは紙が無い場合もあり、ポケットティッシュは必須。 どうしても我慢できない場合は仮設トイレで済ませるが、あまり利用はしたく無い。 我慢と言えば、時折草むらから“ガサガサ”と音がして「熊か?」と思ったらランナーが草むらから出てきて、どうやらそこで用を足していた模様。開放感があって気持ちいいと聞くが、どうも勇気がいる。パンフレットだったか何かで「八ヶ岳は高原野菜の産地です。ご協力お願いします。」みたいな事が書いてあったような?
  着替え場所にて軽くストレッチ等しながら、長袖のシャツを変えようかとも思ったが、ゼッケンの付け替えが面倒だし汗もあまりかいていなかったのでそのまま着続ける事にして、靴下が砂で不快だったので替えるついでにディクトンを塗り直し、ここ迄履いてきたトレイルシューズから普通のランシューズに履き替えた。 ディクトンと言えば他のランナーも塗り直していたけど、事前に何本か購入しておいてよかった。前日M上君が「俺着替えポイントでは塗り直すよ。」と言ってたのを聞いて、トランジッション袋全てに用意して、着替えポイント毎に塗り直した結果靴擦れまめ等はできなかった。 去年の越後くびきのに出た時は、その時は雨で「どうせ塗っても効果ないだろう」と思いスタート前にしか塗らなかったが、後から大変な目に合った。たとえ雨でも塗り直しは行った方がいいのだろう。何せ100kmですからね。 もたもたと準備をしていたら、随分と時間が経っていたようで、しかし時計が使い物にはならないので、いったいどのくらい経ったのかわからない(後からデジカメの記録で見直したら約20分近く居たらしい)。 余裕があるランナーは稲子湯に入浴するらしいが、私はまだまだ未熟者なのでそんな余裕は無い。 急いで、まだ補給していなかったので、おしるこでちょっと体を暖め、その他も摂り最後に稲子湯入り口をデジカメに納め先へと急いだ。
   稲子湯を過ぎてもしばらくは上りが続き、少しずつ足の疲れは貯まってきてはいたが、まだまだ快調。 上りきってからは今度は一旦して40km迄一気に下る。途中小海リエックス横を通り過ぎ、長い下りを快調に飛ばしていた。前を見るとランナーが道路脇の草の上を走っている。足の負担を軽くしたい為なのかみなさん同じように後に付いて走っている。私も最初ここがコースなのかと思い草の上を走っていたが、どうもスピードが出ないし、前のランナーに接近する度に追い越すのに車道に出なければならず、その繰り返しが面倒だったので、ずっと車道脇を走る事にした。 足の負担が心配だったので、小股であまり飛び跳ねずに走っていると結構快調で、大分時間を稼げた感じだ。その後も快調で足の負担も無く、40kmエイドを過ぎ、しばらくすると“42.195kmフルマラソン”の看板が見え、記念に一枚撮った時にようやく気付いた。デジカメの液晶モニターの右下に時刻が表示されてあるのを。時計が壊れてから時刻がわからず困っていたが、こんな所に時計が表示されてあるのを、これまでエイド毎に写真を撮っていて、なぜ気付かなかったのだろうかと。 おまけに、エイドで撮影していた距離表示横には時計も設置されてあり、しっかりその部分も写真に納まっている。なぜ今迄気付いていなかったのか。まだまだ気持ちに余裕が足りません。 で時刻を見ると10:01。スタートが5:00なのでここ迄約5時間。林道トレイルや35kmでの着替え等のロスタイムを含めてもまずまずである。 残りはもう一回フルマラソンを走って更にプラスα。まだまだゴールは遠いが、諦める気持ちは全然無い。むしろワクワク感でいっぱいだ。
   下り勾配は少し緩くなり、44km、46kmエイドを過ぎて、前方にサンタさんを発見し、追いかけながら走っていると、やっと半分の50kmエイドが見えた。 大分お腹も空いて来て、丁度ここのエイドにはおにぎりやパンがある。おにぎり1個は重かったので、半分にしてあったしそ入りのおにぎりを食べたがちょっと物足りないかなと思いアンパン1個も口にし更に塩を舐めた。 他のランナーは半分迄完走出来た安心感と疲れからか、パイプ椅子に腰掛けて休んでいる。私は椅子に座ると動きたく無くなると思い、立ちながらストレッチやエアーサロンパスを掛ける等しながら、電光掲示時計が設置してあるのを発見し、丁度6:00:00になる迄後数分だったので、しばらく待つ事にした。 ちょっと余裕があったので時計を触っていると、とりあえずカウントはしているみたいだ。ではと思い大体の時刻を合わせて、電光掲示時計が6:00:00になったのを合図に走り始め、時計も再度スタートさせてみた。何とか動作はしたが、次の5km先のラップを計る迄は安心はできない。
   しばらく走ると私設エイドが有り、そこには何やら漬け込んだらっきょ?か何かが置いてあった。興味はあったが50kmエイドからそれ程経っていなかったので、とりあえず撮影のみして素通りしたが、老夫婦が一生懸命世話していた。何の見返りも無く、こうやって私設エイドを設置して世話してくれる方々がいるから、大変ありがたい気持ちでいっぱいである。来年も参加出来たなら、この場所を通った際には、私設エイドを体験してみたいと思う。
   54kmエイドが見えると、ここから63km迄は58kmの着替えポイントを折り返すこのコース唯一の往復である。 54kmエイドを過ぎてしばらく走ると前方から蔵Mさんが「完走できるぞ!」と笑顔で走り去って行った。さすが蔵Mさんは早い。この時点で私と約9km、時間にして約1時間差だろうか? 50kmエイドから時計をスタートさせて最初のラップを計ろうと、55kmポイントが見えたので、時計のラップを押して見る。しかし時間表示はラップされていない。やはりまだ不調だと思い、諦めてそのまま放置する事にした。後から思えば、この時計はラップとスプリットの表示が大小二段に表示される時計なのですが、大きい表示はスプリットになっていたのではないだろうか?どうしても大きい表示に目が行ってしまいがちであるけど、50kmエイドで時計をセッティングする際、大きい表示をラップに設定し忘れたのではないかと思う。 しばらく走ると緑ゼッケンが見えて来たので、よく見えるとデカフォレストの社長さんだった。 社長さんとも約8km以上の差はあるだろうか?挨拶を交わして、着替えポイントへと急いだ。 往復コースは折り返す迄は本当に辛い。気持ちばかり焦って中々前に進んでいない気がする。おまけに少し上っている。その分帰りは楽だろうけど。 すれ違って行くランナーを眺めながらひたすら前に進んでいると、ようやく折り返し地点が見えて来た。
   59kmエイドは着替えポイントなので、スタッフからトランジット袋を貰い、シャツを替えようか迷ったが、やはりゼッケンの付け替えが面倒だったので、結局何も着替えず仕舞いだった。あまり大きな声では言えないが、トランジット袋を預ける事ができるのは3箇所の内2箇所のみとなってはいるのだけれど、実は私は3箇所全てに預けていたのである。あまりうるさくは言われないと聞いていたので、「初参加なのでお許し下さい」と勝手に思い、こっそり預けていた。 ここ迄走って来て、足にも疲れが大分貯まって来た様で、ポリバケツに入っていた水をひしゃくですくって、ふくらはぎ辺りに掛けてみた。エアーサロンパスもあったが、たまには水で冷やしてみるのもいいかなと思いやってみた。効果があったかどうかはわからないが、気持ちよかった。 ウエストポーチが腰に擦れてヒリヒリしていたので、ばんそうこうを貼ってみたら、幾分和らいだが、ちょっとウエストポーチの大きさは後悔した。 時刻も12時となっており、お腹も空いていた感じだったので、おにぎりと味噌汁を食べ、サンタさんがスタッフにプレゼントを渡して去って行ったのを見ながら、私も先へと急ぐ事にした。 復路は気分的に楽である。しかも残り約40kmを約7時間で走りきればよいと言う余裕もあったからかもしれない。 ぞくぞくと折り返しに向かって走って行くランナーや歩いているランナーを見ながら「大変だろうなぁ」と人事のように思いながら、やっと往復コースから抜ける事ができ、63kmエイドを過ぎるとしばらく平坦が続いた後、いよいよ馬越峠目指して徐々に上って行くのであった。 上り始めてしばらくは走り続けていたが、徐々に腿付け根辺りが痛み出し、歩こうかどうしようか迷ったが、まだここで歩くのは早いと思い、昨日今日とたっぷり聞いたゆずの“栄光の架橋”を思い出しながら走ると、少々痛くても走り続ける事ができた。この音楽のリズムが私の歩幅に合うのか、歌詞はよく覚えてないがメロディだけは覚えていたので、何回も思い出してみた。他の曲を思い浮かべたりするが、上っている途中の私の歩幅とリズムが合わない。だからまた“栄光の架橋”を思い浮かべながら走り続けた。
   68kmエイドを過ぎ、更に一段と勾配がきつくなってくると、周りのランナーはみな歩いている。私も大分疲れて来たので、ついに歩く事にした。急勾配は歩き、緩くなってくるとまた走り出したりを繰返しながらいると、横に並んだランナーが「タッキーさん」と声を掛けて来た。サングラスを掛けていて誰かわからなく、不思議そうな顔をしていたからなのか「O山です。」と自分から名乗って来た。M上君の会社の上司だった。もう既に先に行ってると思っていたので、ここから馬越峠迄はこの方に連れて行ってもらおうと思い、一緒に付いて行く事にした。 ちょっと前迄は、歩いたり走ったりを繰返していたが、O山さんと一緒になってからは話し相手が出来たからなのか、しばらくは走り続ける事ができた。やはり辛い時は話し相手がいると、気がまぎれていい。 O山さんのペースが落ちてくると、今度は私が引っ張る等しながら、お互い助け合いながら走っていると、71kmエイドおよび71kmの部ゴールが見えてきた。 ここは71kmの部ゴールでもあるので、応援、スタッフ等でいっぱいである。ここ滝見の湯でも入浴できるらしいが、私にはそんな余裕は無い。 71kmの部のゴールテープを切るランナーを羨ましく思いつつ、こちらはまだまだ先があるので、暖かいそば(しみる〜)で腹ごしらえを済ませ、O山さんの準備を待って、最大の難関に挑むのであった。 O山さんはこれ迄に四万十川や他のウルトラも既に完走しており、今回の野辺山は初挑戦で、ウルトラに初めて挑戦したのが四万十川で、辛かった時にM上君に引っ張って行ってもらい、無事完走できたとか、いろいろ話を聞く事ができた。 話ながらも私の頭の中のBGMは“栄光の架橋”が流れていて、あっという間に73kmエイドに到着し、ちょっとトイレに行きたかったので、仮設トイレにて用を足した後、補給しようとして前方を見ると、既にO山さんが先に走っている。「あ〜。置いて行かれたぁ。」と思い、先に行かれた物は仕方ないとして、急いで補給した後追い掛ける事にした。
  コースを右折し橋を渡ると、そこから先は急激な上りとなっており、走り続ける事は辛くて出来ないので、ふと前方を見ると殆どのランナーが歩いているので、ここは無理せず峠頂上迄歩き続ける事にした。 O山さんとは約100m程の距離なのだが、中々縮まらない。O山さんも歩いているので、私との距離はずっと同じ状態。走って行けばすぐに追い付くだろうが、その後疲れてまた離されてしまっては元も子もないので、とにかくO山さんとの距離をこれ以上大きくしないように歩き続けた。O山さんは他のランナーと話しながら上っている。なので疲れは幾分和らいでいるだろう。私はずっと一人なので、とにかくO山さんだけを目標にして歩くしかなかった。 天候が徐々に崩れてきて、雨が少しずつ当たるようになって来た。歩いても歩いても上りである。 ポツポツだった雨も次第に多くなり、おまけに標高も高くなって来ているので寒くなってきた。吐く息も白くなってきた。その時また嫌な思いがした。「これは去年の越後くびきのと同じ感じだ。」と。 越後くびきのは高低差300m程の山を計5回上るのだが、5個目の山の上りから下り迄全てを歩いて、雨でグショグショになったシューズで歩くのもままならない状態で、結果その先のエイドでリタイアしたが、また今回もそうなってしまうのだろうかと不安になった。 そんな時、チームのS尾さんの言葉を思い出した。「タッキーさんなら絶対完走できる。まだそこ迄頑張ってないだけや。」と酔っ払いながらも厳しく言ってくれた言葉を。 ここで諦めたらまたS尾さんに何言われるかわからない(S尾さんごめん)と思うと、絶対に完走しなければならないと言う思いが強くなり、とにかく前方にいるO山さんに追い付く事だけを考えるようにした。 76kmエイドがようやく見えた頃、O山さんもまだそこで補給している。今の内だと思い急いでエイドに到着して、雨が降り続けていたので用意していた携帯用ベスト型のビニールをかぶり、補給しようとした所、O山さんは「ごちそうさま。ありがとう。」と言ってまた先に行ってしまった。私は追い掛けようとはせず、お腹も空いていたので、バナナを食べて飴を3、4個程一気に口に頬張り、私も「ごちそうさま。」と言ってエイドを後にした。
   78kmの馬越峠迄残り約2km。相変わらず上りはキツイし腿の付け根が痛むし雨で寒い。しかし諦める気持ちは無い。周りのランナーも大分疲れている。そんなランナーを何人か抜きながら歩いていると、ようやく78kmエイドの馬越峠に到着した。急激に上り始めてからここ迄たどり着く間に走ったのは10数メートル。後は全て歩きで通した。歩いた分だけ足の回復にはなっただろう。この先は急な下り坂なので、足の負担に気を付けながら走るだけだ。 O山さんが「あれ?先行ったと思ってた。」とずっと勘違いされていたようで、「いえいえ。73kmエイドからずっとO山さんの後ろ歩いてました。」と言って、補給完了後一緒に下り始めた。 上りで遅れた分を取り戻そうと思い、できるだけ速度を落とさずに走り続けた。O山さんも私からちょっと離れたりするが、同じようなペースで付いて来る。馬越峠の前にO山さんが話しながら上っている時に一緒だった兵庫から来たランナーも付いて来る。私の後ろにピッタリ付いて来るので、こちらもペースを落とす訳にもいかず、足の痛みはあったが、無理してでも走り続けた。
   82kmエイドを過ぎる頃から勾配も少し緩くなり、その先の87km着替えポイントへと急ぐ。 後ろには兵庫から参加のランナーとO山さんが付いて来ている。兵庫のランナーは時々横に並ぶが前には出ない。特に私は前に出て欲しいとは思わなかったので、自分のペースで走り続けた。 下りも終わりとなり、川を渡って右折し、しばらく川沿いの道を走る。下りが快調だっただけにちょっと飛ばしすぎたのか、ここに来て疲れ始める。急に私のペースが落ちたので、O山さんと兵庫の方が前に出てくれた。こうなってしまうと今度は前二人のペースに付いて行くのがなんと辛い事か。ここで離されてはダメだと思い必死に付いて行くが思った以上に足が前に出ない。 それを察してかO山さんはペースを少し落としてくれ、「着替えポイントまだですかね?」とO山さんに尋ねると「まだ先でしょう。」と言うので、もう付いて行くのは限界だと思い、先に行って下さいと言おうとした所で、87km着替えポイントに到着した。 疲れは相当貯まって来た。恥ずかしながら、1日でこの距離を走ったのは初めてだったから。去年の越後くびきのでは78kmでリタイアしたから、よくここ迄来れたものだ。 スタッフからトランジット袋を貰い、うどんがあったので一杯貰って、座り込んで食べていた。 最後はチームジャージでゴールしたいと思い、ここまで来れるようにとの願いでトランジット袋にチームジャージを入れておいた。ゼッケンの付け替えに少し手間取っていたら、私の横に座り込んだ女性がチームジャージを見て「わー。素敵ですね。」と言ってた。 残り約13kmで時間的に余裕はあったが、この先どうなるかわからないので、急いで87kmエイドを後にした。
  日も傾いて西日が差して来て少々暑くなって来た。しばらくはフラットなので、程よいペースで私とO山さんと兵庫の方の3人で走り続けた。3人でいろいろ話ながら走っていると、左手遠くの方で坂を上っているランナーが見えたので、「これが最後の上りだな?」と思い、しばらくすると左折した後、少しずつ上って行くのであった。 勾配はそれ程きつくは無いが、みんな疲れている。O山さんが「前に見えるテント迄走り続けましょう。」と言うので、そのテント迄走り続けると、そこは90km計測地点。上りはまだまだ続くのでみんな一斉に歩き始める。先程から私達と同じペースで一人付いて来たランナーが、「みなさんは何処からの参加ですか?」と話し掛けて来たので、「私とO山さんは石川県からで、この方は富山からです。」と説明すると「兵庫からです。」と訂正され(訂正される迄は富山からの参加だとずっと勘違いしてた。なぜならゼッケンNo.が私と近かった為)、話し掛けて来た方にどこからか訪ねると「私は静岡です。」そして、「石川だとウルトラは無いですよね?」と聞かれ「そうですね。ウルトラは無いですし、フルもあまり無いですね。」と言う様な話をしながら、ついでに兵庫からのランナーとはあまり話していなかったので、何処で練習してるか聞いてみると「六甲山」と言ってた。 静岡の方は既に8回程完走しているようで、もう少しでデカフォレストの仲間入りになるみたいだ。O山さんが静岡の方にこの先のコース状況を聞いてると、まだ少し上るような事を言っているのが聞こえ、緩い上りになるとO山さんは走り出すが、私はもう大分限界に近づいており、歩く事で精一杯だった。 徐々に前3人とは離れて行き、93kmエイドで追い付いた時、私はO山さんに「もうここからは先に行って下さい。後は一人で何とかゴールします。」と言うと「じゃぁお先に!」と手を振って、消えて行ってしまった。
   一時は「この調子なら、13時間切れるかも?」と期待したが、その期待もむなしく敗れてしまった。O山さんと別れてからは、緊張の糸が切れてしまったのか、「とりあえず14時間以内でゴールすればいいか?」と何とも情けない状態となってしまい、93kmエイドでゆっくり時間を掛け、チョコが溶け掛かっていたきのこの山を何個も食べ、塩を摂って十分なストレッチをしてから走り始めた。 長い直線では前方にかすかにO山さんの姿が見える。私は走る時間より歩く時間が長くなってきたので、前方に見えたO山さんの姿は徐々に見えなくなっていった。 少し走ってみるが足全体が痛むので、「痛いけど、あそこ迄我慢したら歩こう」とかを繰り返しながらいると、後ろから集団で走って来る足音が聞こえたので道の端によると、「お疲れ様でーす。」と集団の先頭の方が声掛けて行った。よーく見てみると、“100kmペースランナー”のようだ。「おー。この集団に付いて行けば13時間30分台かぁ?」と思い、しばらくついて行く事にした。 しかし上りになると徐々に離されて行くので、何とか必死に付いて行くと、上り切った前方から何やらにぎやかなゴールアナウンスが聞こえて来た。 左折してすぐに97kmエイドがあり、時計を見るとどうも13時間30分切りは難しい感じだったので、ペーサーに付いて行くのは止めにして、マイペースで行く事にした。
   87km着替えポイントでトイレ(小)に行きそびれてずっと我慢していたが、残りも3kmを切っているので、我慢しながら、歩いたり走ったりを繰り返していると、残り1kmの看板が見えたので、最後の力を振り絞って走り続けていたら、トイレも忘れてしまった。 辺りも大分薄暗くなり、野辺山駅に近づくと、徐々に応援している人も増えてきて、「お疲れさん。後もう少しでゴールですよ。」と声援を受けながら、野辺山駅前を左折すると、ゴール迄一直線。私のゼッケンNo.と名前がアナウンスされている。ライトアップされた中、ゴールライン奥にはM上君の会社の応援部隊がカメラを持って私を撮っているのが見え、ちょっと照れながら両手を半分だけ挙げてゴールテープを切った。 13時間40分56秒。 念願叶ってやっとウルトラマラソンを完走する事ができた。タイムはとりあえず置いといて、これでチームのみんなにも報告ができるし、うれしくて涙が出るかと思ったが、爽快感でいっぱいで、ついにやけてしまっていた。 ゴールするとそこにはM上君が既に居て、どうやら50km地点でリタイアしたようで、残念な結果に終わったらしい。デカフォレストの社長さんはもう随分前にゴールしていたようだ。 O山さんは13時間30分を切れたらしく、握手を交わしていると、兵庫の方も「お疲れさま」と握手を交わしてきた。 重量感あるメダルを首に掛けてもらい、椅子に座りながらRCチップを外していると、M上君がとん汁を持って来てくれ、一口食べるとすごく旨く感じた。M上君も私の完走を喜んでくれていたようだ。その後も何かとM上君がお世話してくれるので、大変申し訳なかったけど、次回はM上君も完走して欲しいものです。 完走できた事でもう満足するかと思ったが、すぐに又来年も出場したいと思った。来年は13時間を切りたいと思う。 ゴール会場ではまだ食べ物があったらしいが、今晩も宿泊なので、宿の豪華な夕飯を残すともったいないので、ゴール会場ではとん汁のみにして、片付けを済ませた後宿へと移動した。 宿で夕飯を食べてから、お風呂に入る前に、野辺山完走のメールをあちこち送信していたら、突然電話が掛かって来て、着信を見ると店からの電話で、出てみると社長だった。何やらS尾さんが結果を気にしていたらしく、社長がS尾さんに電話変わると言うので、S尾さんに完走の報告をすると、おめでとうと祝ってもらった。これでS尾さんの前に顔出せると思った。 今夜はぐっすりと眠る事ができそうだ。
  5/23(月) <大会翌日>
 朝早くから空腹で目覚める。前日お腹いっぱい食べたはずなのに。パンがあったので、食べながら大会パンフを読み返し、余韻に浸っていた。 宿の朝食を済ませた後、おかみさんに又来年もよろしくお願いしますと挨拶後、昨日私がJR最高地点をデジカメで取り忘れた事をM上君に話していたら、M上君が社長さんに「観光ついでに行きますか?」と言ってくれて、清里からわざわざJR最高地点迄戻って頂き無事写真を撮る事ができた。 その近くではお土産も売っており、お土産を買った後、金沢へ帰る事にした。
  今回三日間、M上君、社長さん、O山さん及び社員のみなさまには大変お世話になりました。 一人だったら、諦めてしまう場面が沢山あったけど、完走できたのもみなさんのおかげだと思いました。 野辺山は確かにきついコースだと思います。たとえ完走できなくても、このコースに挑むだけでも凄いと思います。 次、そのまた次の大会に出続けて、いつかはデカフォレストの称号が与えられるようになりたいと思いました。 最後に私の結果です。

距離

経過時間

通過順位

LAP

距離

経過時間

通過順位

LAP

10km

1:03:44

386

63:44

60km

7:23:58

434

92:11

20km

2:15:48

332

72:04

70km

8:54:29

441

90:31

30km

3:26:41

360

70:52

80km

10:41:02

424

106:33

40km

4:49:34

435

82:52

90km

12:02:08

409

81:05

50km

5:51:47

411

62:13

100km

13:40:56

416

98:47

                                                                                                         平均812秒/1km

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